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川口能活選手 引退

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Jリーグ
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J3 SC相模原の元日本代表GK川口能活選手(43)が4日、今季限りで現役引退することを発表しました。

川口能活選手 現役引退のお知らせ
SC相模原のニュース

川口能活。

GKでありながら、彼ほど日本中を熱狂させた選手を私は知りません。

GKとしては決して恵まれた体格ではありませんでしたが、その華のあるプレーとストイックな性格で多くの選手からもリスペクトされている選手でした。

この平成で終わる最後のシーズンにまたひとつの時代が終わったんだなと感じますね。

そんな川口選手について振り返ってみたいと思います。
 

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川口能活 伝説


出典:https://www.google.co.jp/amp/s/www.soccerdigestweb.com/news/detail/id%3D18527%3Fmobileapp%3D1
川口能活選手は日本代表やクラブレベルで数々の名プレーをしてきましたが、やはり彼を語る上で欠かせない試合が2試合あります。

まずはマイアミの奇跡と言われる1996年アトランタオリンピックの男子サッカーグループリーグD組第1戦において、日本五輪代表がブラジル五輪代表を1対0で下した試合です。

『マイアミの奇跡』 ~日本がブラジルに勝った試合~

川口選手の存在を日本中に知らしめた試合と言えるかもしれません!

当時のブラジル五輪代表は既にA代表で活躍し、その後も長くA代表の中心選手として活躍したロベカルことロベルト・カルロス、ロナウジーニョ、ジュニーニョ・パウリスタ、サヴィオ、フラビオ・コンセイソンといった選手や、この大会から認められたオーバーエイジ枠にベベット、リバウド、アウダイールなど、1994年アメリカW杯優勝メンバーと若手が融合したまさにドリームチームで、優勝候補の大本命でした。
試合としては一方的なものになりましたが、日本ゴールに川口選手が鬼神の如く立ちはだかり、ブラジルが放った28本のシュートを神懸かり的なセービングで守り続けました。
今でも語り継がれる伝説の試合ですが、川口選手の活躍なしには語れない試合ですね。
 

そして、もう1試合が2004年アジア杯準々決勝のヨルダン戦です。

アジアカップ2004 準々決勝 日本対ヨルダン PK戦 重慶の奇蹟

日本のサッカー史上文句なく最高に伝説のPK戦だと思っています!

久しぶりに見ても興奮しました!

川口選手の活躍した試合はかず多くありますが、特にこの2試合は外すことはできない試合ですので紹介させていただきました。
 

川口能活 記録

生年月日:1975年8月15日(43歳)
身長体重:180cm/77kg
出身:静岡県富士市
 

個人成績(クラブ)

Jリーグ通算出場 506試合
(2018年10月28日現在)
J1:421試合
J2:43試合
J3:42試合

イングランド フットボールリーグ・チャンピオンシップ:12試合

デンマーク スーペルリーガ:8試合
リーグ戦通算:526試合

リーグ杯(日本&デンマーク)通算:52試合

オープン杯(日本&イングランド)通算:20試合

国際試合(ACL&UEFA EL)通算:2試合

プロ通算:600試合
 

個人成績(代表)

U-23サッカー日本代表 36試合 0得点(1994年-1996年)
国際Aマッチ 116試合 0得点 (1997年-2008年)

  • 1996年 – アトランタオリンピック
  • 1998年 – FIFAワールドカップ・フランス大会
  • 2000年 – AFCアジアカップ2000 : 優勝
  • 2001年 – FIFAコンフェデレーションズカップ2001 : 準優勝
  • 2002年 – FIFAワールドカップ・日韓大会
  • 2004年 – AFCアジアカップ2004 : 優勝
  • 2005年 – FIFAコンフェデレーションズカップ2005
  • 2006年 – FIFAワールドカップ・ドイツ大会
  • 2007年 – AFCアジアカップ2007 : 4位
  • 2010年 – FIFAワールドカップ・南アフリカ大会

 

タイトル

チーム

  • Jリーグ 優勝(横浜マリノス) : 1995
  • AFCアジアカップ 優勝(日本代表) : 2000、2004
  • フットボールリーグ・ディヴィジョン1 優勝(ポーツマス) : 2002-03
  • Jリーグカップ 優勝(ジュビロ磐田) : 2010

 

個人

  • 1995年:新人王
  • 2001年:FIFAコンフェデレーションズカップ2001 ベストイレブン
  • 2001年:AFC月間最優秀選手賞 (6月)
  • 2004年:アジアカップ2004 ベストイレブン
  • 2006年:Jリーグベストイレブン
  • 2008年:Jリーグフェアプレー個人賞

 

川口能活 経歴

  • 1988年 – 1991年 東海大学第一中学校 (現・東海大学付属翔洋高等学校・中等部)
  • 1991年 – 1994年 清水市立商業高等学校 (現・静岡市立清水桜が丘高等学校)
  • 1994年 – 2001年10月 横浜マリノス / 横浜F・マリノス
  • 2001年11月 – 2003年8月 ポーツマスFC
  • 2003年8月 – 2005年 FCノアシェラン
  • 2005年 – 2013年 ジュビロ磐田
  • 2014年 – 2015年 FC岐阜
  • 2016年 – 2018年 SC相模原

 

川口能活 尊敬

引退記者会見は11月14日(水)に行うということですので、今後のことについてはそこで何かしらの発表があるかもしれません。

日本を代表する選手で、さらに川口選手が日本のGK像を、GKの存在感、人気、そういったものの新たな価値観を作ってくれた存在といっても過言ではないでしょう。

私が子供の頃も川口選手に憧れてGKになった人も多くいましたし、今のJリーガーも川口選手を見て、真似して育った選手は多くいると思います。

そして、多くの代表やクラブでのチームメイト、選手に影響を与えた選手でもあります。

「一言で表現するのは難しいけど、やっぱりさみしい…。もっとやると思っていたから。
ずっと意識はしてきた。
最初は(関係性も)トゲトゲしていましたね。でもだんだん、和らいできて、今はもう気にするようなこともないけど。
勝負強いところとか、大舞台で活躍するところ、とにかくすごいなと思うところが、たくさん。うらやましいなとも思ったし。
自分より1つ年上。いつも先を行っていたからね」(楢崎正剛)

「自分の“師匠”です。マリノスでも代表でも、俺がシュート練習に満足するまで付き合ってくれた。自分から止めることなく、いつも最後までシュートを受けてくれた」と振り返り、「チームメートと(いう言葉と)はかけ離れた存在。本当に感謝しかない」(中村俊輔)
「短い期間しか代表で一緒にできる期間はなかったですけど、一緒に練習することでさらに凄さが分かった。(凄さとは)全て。技術的なこともそうですし、練習に対する取り組み方ももちろんそうですし、どれっていうことじゃなく、それだけの結果を残してきた選手ですし、まあ…びっくりですね。どういう形になってもこれからのサッカー界に貢献できる方だと思いますし、これからのサッカー界に貢献していくのは間違いない。まだまだサッカー人生は続くと思うので。ひとまずは“お疲れ様です”と言葉を掛けたいですね」(曽ケ端準)

個人的な希望としては第二の川口能活、そして日本はまだまだGKに関しては世界の欧州の主要なクラブに入り込んでいけるほどの実力者を輩出できずにいます。

今後はそういった選手を育てること、川口選手が身につけてきた技術、経験というものを後世に残して、川口選手のような日本中を熱狂させられるGKを育ててほしいと思います。

感動をありがとうございました。

そして、現役お疲れさまでした。

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